薩摩半島の南端、枕崎郊外。
白沢という土地に、小さな泉がありました。
どんな日照りにも枯れずに、コンコンと湧き出る。
古人たちは、その姿を讃えて「神の河」と呼んだそうです。
発音は、当地の方言で「カンノコ」と。
ずっと敬われてきた「神の河」の名をお借りしたのは、
焼酎づくりがそうであるように、
自然への敬意の証を示すためでした。
ポルトガル語で仲買人を意味する、
「コンプラドール」に由来し、
酒や醤油を遠く
ヨーロッパまで運ぶために生まれたコンプラ瓶。
長崎・波佐見で量産されたそれらは、
鎖国時代でありながら、
オランダ東インド会社を通じて、
世界へと渡っていきました。
その存在は、まさに海外挑戦の象徴と言うべきもの。
「神の河」が受け継いだのは、
ボトルデザインだけではありません。
そこに宿る挑戦の魂までも、受け継いでいるのです。
時は、明治維新前夜。
1867年のパリ万博に独立国のごとく参加し、
列国と肩を並べた藩がありました。
その名は、「薩摩太守政府」。向上心あふれる男たちが、
焼酎をはじめ、100を超える出品物で世界を驚かせたのです。
もちろん焼酎を入れていた器は、先のコンプラ瓶。
私たち作り手は、ヨーロピアンを酔わせた薩摩人の
果てしない情熱を、時を越え、
今もしっかりと背負っているのです。
目には見えないほど、少しずつ、少しずつ。
大麦と麦麹だけを使い、ポットスチルで蒸留した
「神の河」は、樽の中でゆっくりと過ごしながら
変化を遂げていきます。
あたかもそこに、時間という造り手がいるかのごとく。
うっすらと帯びた琥珀色、いっそう深くなった
ふくよかな味わい。
あなたを味わいの物語へ誘う一杯を、
さぁ、いかがですか。
薩摩酒造の樽工房には、洋樽づくりの
技術と技能を伝承する若き樽職人がいます。
「神の河」の命ともいえる樽にこだわり抜くため、
薩摩酒造は焼酎メーカーとして日本で唯一、
独自の「樽工房」「樽貯蔵庫」を有し、
専属の樽職人が樽の管理・再生を行っています。
専門の知識と高度な技術が求められる樽職人は、
日本全国で60 人ほどしかいません。
「火の神蒸溜所 樽工房」を切り盛りするのは、若き樽職人。
たゆまぬ情熱と技を継承し、神の河の味を未来へと繋ぎます。
樽づくりは、すべてが手作業。
畦挽き鋸(あぜびきのこ)をはじめ、
銑(せん)や鉋(かんな)、
箍(たが)、正直(しょうじき)など
独自の道具を使って樽に命を吹き込みます。
焼酎が漏れることのないよう精密に作りこみ、
隅々まで輝くほどに磨き上げていく。
誰の目にも触れることのない貯蔵庫の樽ですが、
そこには樽職人の魂が込められているのです。
神の河で使用する樽は、
洋酒などの貯蔵樽として使われていたもの。
長く使われた樽を再び活性化するために
樽を焼く工程をリチャーと呼びます。
リチャーを経た樽は、スモーキーなフレーバーと
バニラのような甘い香りを取り戻します。
その豊かな香りが、神の河に渡されるためには、
適切な焼き具合を見極める職人の目が重要です。
樽は空気を通します。
酸素と触れ合うことで熟成が促され、
味わいはまろやかに育っていきます。
そして長い年月をかけて、
樽の成分などが焼酎に溶け、
液色は美しい琥珀色になっていくのです。
神の河が眠る間、そのために最高の環境を
整えるのも、人間だけが出来る仕事です。
スモーキーなフレーバーとバニラのような
甘い香りのある神の河は、炭酸水で割る麦ハイボールにも最適です。
神の河ならではの、澄みわたる風味と味わいをお楽しみください。
スモーキーなフレーバーとバニラのような
甘い香りのある神の河は、炭酸水で割る
麦ハイボールにも最適です。神の河ならではの、
澄みわたる風味と味わいをお楽しみください。
「神の河」の、一味違う表情を楽しむなら炭酸割りで。香りの華やかさが引き立ち、強いお酒が苦手な方も、心ゆくまで軽快な酔い心地を楽しんでいただけます。
原酒の持つ濃厚な香りと旨味を味わうならストレートで。チェイサーをおともに、少しづつ舌で転がしながら樽の香り、大麦の味わいをお楽しみください。
水割りにするなら、濃いめの水割りがおすすめです。「神の河」の豊かな香りと旨味は、割り水に負けず、十分あなたを楽しませてくれるはずです。
よく冷やしたグラスに大きめの氷を入れ、グラスの半分くらいまで「神の河」を注ぎます。氷が溶けていくと変わっていく、香りと味わいの物語を堪能してください。
「神の河」の風味をまろやかに楽しめる飲み方です。カラダと一緒に、心もぽかぽかと温まってきます。
神の河と梅酒を1:2の割合で注ぎます。炭酸
をお好みの量注ぎ、仕上げにレモン汁を少し。
お好みのココア飲料と神の河を1:1の割合で混ぜるだけ。ホットでもアイスでも。